ツネゾーン
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★★★★★ ラブ・ラブ・ラブ
June 26, 2008
By  E. gelesky

私はサロンパスをどれだけ賛美しようともし足りない・・・・・
これからはもうどんな鎮痛薬だろうと飲むことはないわね。
ただサロンパスを貼るのみよ。
私の身体は定期的に痛みが訪れるから、心から喜んで貼ってるわ。
夜にサロンパスを貼って寝ると、朝は気分よく起きれるのよ。
しかも、ただ同然のコストで!!
正直、サロンパス無しでは生きていけない体になってしまったわ・・・・・・

米amazonで「サロンパス」が大感謝されてる件: 誤訳御免。

あっちはコールドスプレーはあっても湿布がないんだよな。

(via dorelax)

みんなカンパしましょう。ぼくもカンパします。 / 入管と外務省系難民事業本部に迫害を受けている難民一家へのカンパのお願い - ある難民一家を支える会 http://htn.to/tXhfEq
Twitter / 北守 (via nopiko)
ジャパンタイムズ「絶望に包囲されたパキスタン難民−−難民家族が日本の政治的な入管政策の犠牲に?」(デイヴィッド・マクニール) - ある難民一家を支える会 http://htn.to/gHFNf9
Twitter / 北守 (via nopiko)

 日本損害保険協会の鈴木久仁会長(あいおいニッセイ同和損害保険社長)は17日の記者会見で、東日本巨大地震に絡む地震保険の支払総額が、阪神大震災の783億円を上回り、過去最大になるとの見通しを示した。

 具体的な金額には言及しなかったが、数千億円規模になるとの見方も出ている。

 地震保険の支払いは、1150億円までは損保会社が負担し、それを超えた金額は国と民間で折半する仕組みのため、国の負担増も避けられない見通し だ。さらに、官民合わせた保険金の支払額が全体で1兆9250億円を超えた場合、超過額の95%分は国が負担することになっている。

 保険金の支払い見込み額は、阪神大震災当時より地震保険の普及率が上がっていることなどから予測したという。支払額や件数は確定していないが、各社の業績については「経営に大きな影響を与えるほどではない」と強調した。

 同協会によると、国と民間には合計2兆2919億円(2009年度末)の積立金があり、このうち民間分は約1兆円あるため、民間の保険金の支払い負担はこの範囲でまかなわれる可能性が高いという。

 支払総額がまとまる時期について、鈴木会長は「一定の時間がかかる」と述べるにとどまった。被害状況の確認には、被災地域を撮影した航空写真を使い、住宅地図と重ね合わせて調査することも明らかにした。

2011年3月17日21時43分  読売新聞)

 日本損害保険協会の鈴木久仁会長(あいおいニッセイ同和損害保険社長)は17日の記者会見で、東日本巨大地震に絡む地震保険の支払総額が、阪神大震災の783億円を上回り、過去最大になるとの見通しを示した。

 具体的な金額には言及しなかったが、数千億円規模になるとの見方も出ている。

 地震保険の支払いは、1150億円までは損保会社が負担し、それを超えた金額は国と民間で折半する仕組みのため、国の負担増も避けられない見通し だ。さらに、官民合わせた保険金の支払額が全体で1兆9250億円を超えた場合、超過額の95%分は国が負担することになっている。

 保険金の支払い見込み額は、阪神大震災当時より地震保険の普及率が上がっていることなどから予測したという。支払額や件数は確定していないが、各社の業績については「経営に大きな影響を与えるほどではない」と強調した。

 同協会によると、国と民間には合計2兆2919億円(2009年度末)の積立金があり、このうち民間分は約1兆円あるため、民間の保険金の支払い負担はこの範囲でまかなわれる可能性が高いという。

 支払総額がまとまる時期について、鈴木会長は「一定の時間がかかる」と述べるにとどまった。被害状況の確認には、被災地域を撮影した航空写真を使い、住宅地図と重ね合わせて調査することも明らかにした。

2011年3月17日21時43分  読売新聞)

Contemporary social and political theory is characterized by an opposition between what might be called, on the one hand, Spinozists, and on the other hand, Kantians. On the Spinozist side we have thinkers like Foucault, perhaps Deleuze and Guattari, Althusser, McLuhan, certain variants of Marx, and so on that emphasize the determination of collectives by impersonal forces that exceed the intentions of agents. On the Kantian side we have theorists such as Badiou, Ranciere, and Zizek that defend a sort of volunterism that subtracts itself from any sort of contextual determination.

The Kantians correctly pose the question by asking how self-directing praxis of collectives are possible, but too often end up completely underdetermining context or situations, showing little or no interest in their organization and how they overdetermine action in a variety of ways. As a result, they’re too often left with any nuanced or well developed analysis of what needs to be addressed in situations. Their position remains abstract. The Spinozists correctly pose the question by emphasizing how regimes of attraction structure our possibilities of action and engagement, transforming us into puppets beyond our control, but too often leave unaddressed the question of how any sort of agency or self-direction is possible within a field where we are products of these fields. I am not suggesting that Sartre has the answer, but that he has properly posed the question by asking how self-directing collectives can emerge within a field of antipraxis governed by its own intentionality. This is the squaring of the circle that needs to be worked out: one that is capable of doing justice to the structuration of the contextual or regimes of attraction, while theorizing the emergence of subject-groups capable of acting on situations rather than simply being puppets of forces beyond their intentions. How can we simultaneously think humans making history but not in conditions of their own making?

Levi Bryant on The Critique of Dialectical Reason. I find this dichotomy between Spinozans and Kantians in social/political theory very suggestive. I would link this comment with Jameson’s comment that the Sartre of the Critique is one of the very few philosophers (along with Fourier) who actually tries to think about the nature of groups larger than a romantic couple or nuclear family, but smaller than a social class, a nation, or an entire society. (Perhaps we should add Simondon to this very short list, and some of the recent discussions that are influenced by Simondon, e.g. Stiegler. This is also something that I would like to put into connection with Whitehead on societies). (via steveshaviro)
職場にものすごく無神経な男A(30代)がいて
女の人に対する暴言が凄い。
太った人にはデブと言い、地味な人にはブスと言う。
やめろと言っても「それが俺の個性だ」と言ってやめない。
タチがわるいのが時間と相手を見てやってて、偉い人にばれないように言ってるので
いくら上に言っても「ケンカするな仲良くやれ」とか見当違いな返事しか来ない。

で、今日、三年目の事務の女の子BがAの前でしくしく泣いてるので
また失礼なことを言ったと思い、止めに行こうと思ったら
「頑張ってください!」とか言っていた。
一部始終を目撃していたCが言うには
AがBにペチャパイと言ったら、Bが

「なんでそんなこと言うんですか!Aさんは仕事も遅いし気持ち悪いし
口も臭いけど誰もなにも言わないじゃないですか!
いくら自分のスペックが最悪でも、いい人でいれば
嫌われないようにすることはできるんですよ?
どうして諦めるんですか!諦めないでください!
そんな顔でもあきらめないでください!頑張りましょう!頑張ってー!」

というようなことを叫びながら感極まって泣いていたらしい
どっちに何て言ったらいいのかわからないままとりあえずその場を去った

226 名前:なまえをいれてください[sage] 投稿日:2007/02/28(水) 23:39:26 ID:8VEC3XAH
中学の頃クラスで学級委員を決めることになった。
俺のクラスは委員長になるのが嫌な奴ばかりで誰も立候補する奴はいなかった。
結局くじ引きで決めることになって不幸にも俺が委員長になってしまった。
その後俺は委員長としてやりたくもない仕事で残されたり
ホームルームの時に前に出てなんかいろいろとやらされたりしていた。
委員長をやり始めてから一週間ほどたったある日、
朝礼でクラスの生徒達を並ばせることになった俺は
列の先頭でみんながきちんと並んでいるかを確認した。

その時世界が変わった。

それは凄まじい光景だった。
お行儀よく一列に並んで体育座りをしている女子生徒のパンティーが丸見えだったのだ。
俺は固くなってくるおちんちんを説得つつ並んでいるパンティーの群れを凝視した。
いつもおとなしい赤城さん(本名)活発でショートカットが似合う竹下さん(本名)
クラスで一番最初に処女を捨てた滝野さん(本名)
一人一人のパンティーを舐めるように吟味していった。
そしてついに約束の時がきたのだ。


227 名前:なまえをいれてください[sage] 投稿日:2007/02/28(水) 23:39:58 ID:8VEC3XAH
顔がめちゃくちゃかわいくて成績優秀、スポーツも万能で性格もよいので
大人気だった岩崎さん(本名)のパンティーを蹂躙する時がきたのだ。
俺は優等生の岩崎さんのパンティーが純白であることを確信していた。
他の女子のパンティーも大多数が白であり、それは滝野さんも例外ではなかった。
しかし岩崎さんのパンティーは白ではなく純白、
天使の纏う清らかな聖衣にも等しい純白なのだ。

目に染みる数多の白き肉林を掻き分けながら
辿り着いた岩崎さんのパンティーは以外にも、以外にも黒であった。
期待を裏切られた気になりながらもブラックパンティーの黒い誘惑を
振り切ることができなかった俺はあることに気がついた。

…違う。これはパンティーではない。…ブルマだ!
なんと岩崎さんは俺に視姦されることを見越してか
その汚れ無き純白のパンティーの上にブルマを装備していたのだ。
ふと岩崎さんが俺を一瞥し、嘲笑したかのように見えた。
しかし…聡明な岩崎さんの誤算がここにあった。


俺はブルマーでもいける男なのだ。

226 名前:なまえをいれてください[sage] 投稿日:2007/02/28(水) 23:39:26 ID:8VEC3XAH
中学の頃クラスで学級委員を決めることになった。
俺のクラスは委員長になるのが嫌な奴ばかりで誰も立候補する奴はいなかった。
結局くじ引きで決めることになって不幸にも俺が委員長になってしまった。
その後俺は委員長としてやりたくもない仕事で残されたり
ホームルームの時に前に出てなんかいろいろとやらされたりしていた。
委員長をやり始めてから一週間ほどたったある日、
朝礼でクラスの生徒達を並ばせることになった俺は
列の先頭でみんながきちんと並んでいるかを確認した。

その時世界が変わった。

それは凄まじい光景だった。
お行儀よく一列に並んで体育座りをしている女子生徒のパンティーが丸見えだったのだ。
俺は固くなってくるおちんちんを説得つつ並んでいるパンティーの群れを凝視した。
いつもおとなしい赤城さん(本名)活発でショートカットが似合う竹下さん(本名)
クラスで一番最初に処女を捨てた滝野さん(本名)
一人一人のパンティーを舐めるように吟味していった。
そしてついに約束の時がきたのだ。


227 名前:なまえをいれてください[sage] 投稿日:2007/02/28(水) 23:39:58 ID:8VEC3XAH
顔がめちゃくちゃかわいくて成績優秀、スポーツも万能で性格もよいので
大人気だった岩崎さん(本名)のパンティーを蹂躙する時がきたのだ。
俺は優等生の岩崎さんのパンティーが純白であることを確信していた。
他の女子のパンティーも大多数が白であり、それは滝野さんも例外ではなかった。
しかし岩崎さんのパンティーは白ではなく純白、
天使の纏う清らかな聖衣にも等しい純白なのだ。

目に染みる数多の白き肉林を掻き分けながら
辿り着いた岩崎さんのパンティーは以外にも、以外にも黒であった。
期待を裏切られた気になりながらもブラックパンティーの黒い誘惑を
振り切ることができなかった俺はあることに気がついた。

…違う。これはパンティーではない。…ブルマだ!
なんと岩崎さんは俺に視姦されることを見越してか
その汚れ無き純白のパンティーの上にブルマを装備していたのだ。
ふと岩崎さんが俺を一瞥し、嘲笑したかのように見えた。
しかし…聡明な岩崎さんの誤算がここにあった。


俺はブルマーでもいける男なのだ。

インタビュアー「キアヌ、君はゲイであるとい う噂もあるし、バイセクシャルであるとも言われている。
本当のところは、どうなんだい?」

キアヌ「僕がその噂を否定するのは簡単だ。けれどそんなことをすれば
僕はゲイやバイセクシャルの人間であると思われたくないということになるだろう? 
それはひとつの差別意識の表れだよね。

ゲイだと思うなんて酷い、バイセクシャルの人間だと決めつけるなんて失礼だ
とそんな風に考えること自体が、実はひどく差別的なんだから。

セクシャリティにかかわらず、僕は僕だよ。
僕の俳優としての評価は、セクシャリティとは無関係だ。

だからその質問に対する答えはたった一つ、『ノーコメント』だよ」