ツネゾーン

「一、履歴書とは偽歴書なり~既成事実の生存」(吉岡さん aka fs

、「「女」たちのシェアハウス」、『PACE』vol. 4、 2008)より


 今年の正月、上方落語家・桂枝雀の「代書」という落語を視聴した。

  読み書きができない四〇代の男「留」が「リレキシィョだかギレキショ(=履歴書)」なるものが何である、何の役に立つのかもわからずに、代書屋へ自らの履 歴を代書してもらいにやってきて、留のあまりの「無教養」ぶりに、「インテリで堅物」の代書屋も閉口する筋という具合に一般に解される噺である。

  「履歴書」なるものを作成するために代書屋に根彫り葉堀りきかれるまで、留は自分の氏名や生年月日すら無用なままに生きてきた。「太鼓焼屋」をやろうと思 い鉄板をもらって磨いてみたが気が変わって途中でやめたり、「減り止め(下駄の底減り防止)」の露天をやってみたり、「ガタロ(川底さらい)」など職を転 々とし、いわゆる「定職」に就いたことがない。代書屋は、話し出したら脱線しっぱなしで一向に履歴書へと戻って来る様子もない留の話し言葉を、苦労して聞 き取りながら書き言葉に換言する。当時の履歴書は半紙に毛書だったので訂正するのも面倒で代書屋は何度も苦心して職歴らしくしたためてみようとはするもの のしかし留の職歴を幾度となく「要約」しようとすればするほど、留のこれまでの在り様、「履歴書」のフォーマットを裏切り、これを拒む。

 明治時代に資本主義が定着し経済活動が活発になってから登場して以来、現代に至るまで就職活動に必要不可欠となってきた履歴書。しかし、履歴書とは偽歴書とでも言わんばかりに、留の生は既成事実である。

 代書屋が留に対して行う職歴に関する事情聴取は、現代のフリーターやヒキコモリに対してジョブカフェ相談員や就職の面接官などが、「ブランク」を含む学歴・職歴・資格などを問う光景、そしてそれにより再び社会から撤退せざるを得なくなっていくことに、どこか重なって見えた。

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